雛人形と自転車と医療

今年も「あっ」と言う間に2月も終わり3月になりました。寒暖を繰り返しながらひと雨毎に、春の足音が大きくなっているのを感じますね。今日も朝から雨ですが、春を連れてくると思うと楽しい気分になるので不思議です。

3月と言えば「ひな祭り」ですがひな祭りで不動の地位を占めているのはやはり「雛人形」でしょう。以前、雛人形を購入する際に色々と調べたのですが、雛人形の頭(かしら)を作る職人さんと着物を含む体を作る職人さんは別で、ほとんどの雛人形は職人さん達の合作だそうです。あまたの試行錯誤に裏打ちされた伝統によって、設計図などが無くても大きさや微妙な角度などがピッタリと美しく収まるようになっているのだそうです。

春と言えば、運動不足解消のため暖かくなったら自転車でツーリングをしようと目論んでいます。その準備のため自転車を入手したのですが、職業柄か自転車の仕組みに興味を持ちツーリングに行く前から自転車の部品交換に没頭しています。(これがサーフィンだったら差し詰め「陸サーファー」状態ですかね。)自転車部品の規格は標準化がかなり進んでおり、私のような素人でもネジ一つで簡単に交換ができてしまうのです。このお手軽さの基は、精密な設計・製造に基づく加工技術に支えられているのだそうです。実際に普及品と高機能品では形状はほとんど変わらないのですが、材質と加工精度の高さにより、実際に自転車に乗った場合に全く別物になってしまいます。

「雛人形」と「自転車」は異なるアプローチで「標準化」を行っており、どちらも驚くほど上手に機能しています。「雛人形」の「標準化」は感性に訴えかけるものであり、「自転車」のそれは精密な設計によるアプローチなのです。

医療の「標準化」に関して議論され始めてから長い年月がたっていますが、いまだに有効なアプローチが見出せていないのが現状です。個人的には「雛人形」と「自転車」の中間的な手法を開発する必要があると思っているのですが、「感性」と「精密」をすりあわせることは、私の能力ではとても手に負えるものではありません。様々な分野の方が「医療」に興味を持っていただき、各分野のノウハウを結集して医療の「標準化」を成し遂げられる様な仕組み作りが出来れば良いのにと日々考えております。

 

残念ながら現状での医療の「標準化」は私が思い描くものと全く違って、医療経済抑制のアプローチになってしまっていると感じます。「感性」も「精密さ」も押しつぶしてしまう「標準化」にしてはいけないと強く思っているのですが・・・・・・・・

 

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