エビデンスとは?(6)

段々と春の足音が大きくなるような陽気が続いていますね。週末はその足音も少し後退気味だそうですので、体調管理にお気を付けください。

これまでエビデンスについて「エビデンスのレベル」を中心に書いてきましたので、なんとなくイメージしていただけるようになっていると思います。そこで、今回はこのシリーズの最後として、エビデンスがなぜ必要であるかについて書きたいと思います。

まず最初に結論を書いてしまいますと「出来うる限り『想定外』の事態を無くすために必要」だからエビデンスが必要なのです。

人間の体は色々な因子が複雑に絡み合っており、直感的な推論が必ずしも成り立たないのです。例えば「糖尿病で血糖のコントロールを厳しく行うと返って死亡率が上がってしまった。」ことが挙げられます。

「糖尿病治療の病態は血糖が高くなることである。」→「インスリンを含め色々な薬物治療で血糖コントロールできるようになった。」→「失明や腎不全で透析になる人は劇的に減ったが、心筋梗塞・脳梗塞などの病気はあまり減っていない。」→「より厳しい血糖コントロールし糖尿病を良くすることで、心筋梗塞や脳梗塞が減らせるに違いない。」

これらの推測は医学に携わるものとして十二分に納得できるものであり、大半の医師が多かれ少なかれそのように思っていたことは間違いありません。しかし、エビデンスを求めて「前向きの大規模ランダム化試験」を行ったところ、先ほど挙げた「糖尿病で血糖のコントロールを厳しく行うと返って死亡率が上がってしまった。」事実が判明したのです。

これは「厳しい血糖コントロールをすると心筋梗塞や脳梗塞が増えた。」のでは無く「厳しい血糖コントロールで低血糖を起こすリスクが高まり死亡が増えた。」ことが原因だったのです。医学界全体に激震が走ったのは以前お書きしたとおりです。

一見何の問題もない推論でも、事実を確認しなければ思わぬ「想定外」に足下をすくわれてしまうのです。そのため判断や推論の根拠となる事実(エビデンス)を常に念頭に置いておく必要がありますし、そのようなエビデンスが無ければ全国民が一体となってエビデンスを創出する必要があるのです。

治療方針の説明に納得できない場合には、医師の判断や推論の後ろに隠れている「エビデンス」についてお尋ねになれば、不安が和らぐかも知れません。(全ての治療にエビデンスレベルの高い物があるわけではありませんので、その点はご考慮いただけると幸いです。)

今回はこれまでにいたしたく存じます。(大河ドラマ風に)