人生変えた空手「道」

空手と私の出会いは、30年前にさかのぼる。学生時代、遷延性腎炎に5年間悩まされた私は、その全快が開業時期と一致したこともあって、何気なく近くの町道場に入門した。しかしそこで私が体験したのは、大病克服の反動もあって思いも及ばない快感であった。

頭でっかちになりつつあった私は、すべてを忘れて取り組む「組み手」の魅力に取り付かれた。その「道」を進むのには金も地位も天性の才能もいらない。必要なのはただ努力と忍耐。一着の道着さえあればいいのである。自分をつくっていくのは、自分自身である。高価な道具、例えば、高価なゴルフクラブやランニングシューズ、詐欺まがいの高いトレーニングマシーン、そして人をバカにしたような高い入会金なども一切要らない。

いまや私の人生の中心になったと言っても過言でないこの空手「道」によって、想像もつかない沢山の財産を手に入れた。

まず、子ども達との強いつながりである。幼い子ども達も道場に行きたがったので、4歳になるとすぐに次々入門させた。そこで子ども達が見たのは、自分達よりも上の帯の父親であり、そしてまもなく指導員となった父親の姿だった。子ども達は医師としてよりも「道場の指導員」としての父親像を強烈に印象づけられたのであろう。我々親子には、断絶どころか反抗期も全くなかった。そしてこちらが強制したつもりも全然ないのに、「お父さんと同じ方面の仕事をしたい」と言って、気がついてみれば3人とも医学生になっていたのである。知らぬ間に背中をずっと見られていたのだなと、改めて自分を律する気持ちを強めたのであった。

一方、私の患者さん達は、診療の合間に欠かすことなく週2回道場に通い続ける私の姿に、健康への自助努力を無言のうちに感じているようである。私の医院では、簡単にクスリを渡さない。まず自分で健康に対する努力をしてもらうことにしている。毎週火・金の夕方になると、プンと湿布の臭いをさせて診療にあたる私に、誰も健康への自助努力に関して異議を唱えられないはずである。

道場通いは辛い。今日はさぼろうか、クーラーのきいた部屋に寝っ転がってテレビでも見て昼寝したいなという誘惑に何度襲われたことか。しかし、そのたびに私の脳裡にひらめいたのは、私の生徒達の顔である。彼らが待っている、彼らを裏切ってはいけない。そして若い彼らからもエネルギーを与えてもらわねば、と奮い立っては、今日も通い続ける空手「道」の日々である。

(正道会館 三段 八杉 誠)

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元K1世界チャンピオンのアンディ・フグと北区・正道会館にて(写真右が院長)