医者という仕事その3 救急車

どのような時に医者としての喜びを感じるかは、科によっても先生によっても様々だと思います。

淀川キリスト教病院の新生児科で勤務していた頃、たびたび救急車に乗ることがありました。

産院で生まれた赤ちゃんが想定外のトラブルを抱えていた場合に、指定病院のNICU(新生児集中治療室)に運んでくるための救急車に医師が同乗して迎えに行くというシステムが大阪では確立しています。

医療現場では常に予想外の事態が起こるものですが、お産の現場はその最たるものと言ってよいでしょう。

大阪ではこのシステムのおかげで、赤ちゃんの入院設備のない産院でも安心して分娩ができ、万が一の時にも入院先がスムースに決まるようになっています。

 

さて、そんな一刻を争う赤ちゃんを搬送している救急車がけたたましいサイレンを鳴らして渋滞した大阪の狭い道を駆け抜けんとする時、車の山が必死に端によって通り道を空けてくれます。

この光景は、日本以外の国では当たり前ではないこともあるようです。

どの車に乗っている方も急いでいるはずです。

その一人一人の善意から分け与えられた数十秒・数分の時間の積み重ねは、乗っている赤ちゃんの十分・数十分になり、そしてその人生を大きく変えることもあるのです。

救急車の前にできたその道の先にまぶしい希望の光を感じます。

医者として猛烈な感謝の気持ちを感じるとともに、思いやりにあふれた日本に生まれたことをとても光栄に思う瞬間でありました。

今は誰かのため、いつかは自分のため。

みんなが空けてくれるこの道がある限り、この国は大丈夫だと確信します。

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