医薬分業 11月2日

日本では昔から伝統的に医薬兼業でした。つまり「医者のサジ加減」という言葉もあるように医者自身が自ら薬を調剤し、患者さんに渡すことが当然のことでした。日本や中国では「薬」を扱う者は同時に「医」を扱う者であったのです。つまり「お医者さんで薬をもらうこと」は我々のDNAに刷り込まれていたといえるでしょう。

これに対し外国では独立した専門の薬剤師と薬局が早くから誕生し、発展をとげていたのです。西欧諸国では800年も前にイタリアで世界最古の薬局、サンタ・マリア・ノヴェッラができました(図1)。もちろん日本にも江戸時代には薬屋はありましたが、これはただ薬を売るもので西洋式の薬局とは異なっていました(図2)

江戸時代が過ぎ、明治の近代化とともに西洋式の医薬分業も日本に持ち込まれました。明治7年には法律で薬剤師に調剤権が与えられました。しかし日本人のDNAのためか、あまり医薬分業は広まりませんでした。あの文豪、夏目漱石は小説「我輩は猫である」のなかで「かかりつけ医の先生に薬礼を済ませた」と書いており、医師への支払い、これは即ち薬の支払いと考えており医薬兼業が当時は普通であったことが分かります。

戦後になってマッカーサー元帥が医薬分業を推進しようとしました。しかしこれもほとんど進展がみられませんでした。ようやく昭和49年になって処方箋料の引き上げが実施され、次第に医薬分業が広まってきました(図3)。現在では医薬分業が過半数を超えています。

医薬分業になると患者さんは医師の処方箋を持って調剤薬局へ赴いて薬剤をもらうことになります。そうすると医師と薬剤師が関わることにより医療の質の向上、安全な薬品の使用が出来るといわれています。このように院外処方による医薬分業は大きな意義をもっています。図3にお示しするように日本でも院外処方率は60%をこえています。

今後も医薬分業が円滑に進み、国民の健康向上になることを願うばかりです。

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図1 世界最古の薬局として800年もの歴史を誇るサンタ・マリア・ノヴェッラ
(日本店のホームページから引用)

 

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図2 江戸時代後期の道修町の薬種問屋
(きぐすりcomのホームページから引用)

 

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図3 普及しつつある院外処方箋の採用率