医者の不養生 9月12日

今年の夏は殊更暑く、9月の訪れとともに爽やかな秋が到来するものと期待していました。しかし自然の猛威は厳しく、台風による大雨が降り注ぎました。記録的な大雨は、鬼怒川の氾濫をもたらし大変な被害が出ました。被災者された人々の御苦労、艱難辛苦は如何ばかりかと拝察している次第です。一日も早い復興を願わずにはおられません。

さて「医者の不養生」という有名な言葉があります。医者が少しでも風邪気味となれば、患者さんから「おや、先生もお風邪ですか?お大事にして下さい。医者の不養生ですねぇ」と言われてしまいます。別に嫌味のつもりで患者さんは言われるのではないでしょう。しかしこちら医者側としては,結構心に堪えるものがあります。医者だって人間ですし、どんなに気をつけていても風邪にかかることに不思議はないのですが・・・・・。

というわけで「医者の不養生」と言われないためにも、日頃風邪をひかないように大いに注意しています。ところが今年は猛暑の最中、実に10数年振りに声がほとんど出なくなるくらいの風邪にかかってしまいました。冬に風邪が多いので夏は大丈夫だろうと油断していたのは事実です。猛暑の中、元気に仕事と運動に汗を出し、そのあとエアコンの冷気を体に思い切り当てていたこと、これが今となれば風邪引きの原因です。初めのうち、少し咽頭痛程度だったので「たいしたことない」と高をくくり、普段と変わりなく生活をしていました。ところが次第に咳は出るわ、鼻水は出てくるわ、ついに、ほとんど声が出なくなってしまいました。さて、こうなってしまうともう「お手上げ状態」です。幸い夏なので受診される患者さんの数は冬ほど多くはなく、まだ精神・身体的な打撃は少なくすみました。しかし声が出ないということは、患者さんとはもちろん、スタッフとのコミュニケーションもとりづらい事態になってしまいます。つまりは皆さんに大変な迷惑をかけてしまいました。結局、治癒するのに1週間近くを要することとなりました。教訓として「無理をしないこと、そして適切な早期の対応が必要なこと」を学び、大いに反省しました(当り前過ぎて恥ずかしい次第ですが)。

それや、これやで今回は風邪ということに改めて視線を向けました。風邪つまり感染症について再復習をしました。数多ある感染症の中でとり上げた疾病は、非定型抗酸菌症であります。

この非定型抗酸菌症という病気は、あまり一般には知られていない疾患といえるでしょう。少しややこしいので簡単に言います。抗酸菌という細菌のグループには結核菌および結核菌以外の二つの菌があります。結核菌は結核(TB:tuberculosis)を起こし、一方の結核菌以外の菌は非定型抗酸菌症(NTM:nontuberculous mycobacterial infection)という病気を起こすのです(図1)。つまり非定型抗酸菌症(NTM)とは結核菌ではない抗酸菌が起こす疾患であり、これをありのまま病名にしたというわけです。非定型抗酸菌は結核と同様、肺に感染を起こします。結核のほうは余りにもよく知られています。しかし、それでも最近では非結核性抗菌酸症が大いに注目されつつあります。その理由は非結核性抗菌酸症が増加していること(日本では2001年において人口10万人対約5.9以上と推定)、および進行は遅いが治療が難しいためです。そのため図2に示すように近年においては死亡者数が増加しつつあるのです。また非定型抗酸菌の感染力は弱く、人から人への感染はないとされているものの、体力の低下した人に発症することが知られています。つまり非結核性抗菌酸症には油断は禁物で、しっかりと知っておくべき疾患なのです。特に合併症のない中高年の女性に多く、注意が必要です(図2のように死亡者数は女性に多い)。

次にまた些かややこしくなるので恐縮ですが、抗酸菌にはいくつかの種類があるのです。このうち病原性のある抗酸菌には、マック症(MAC Mycobacterium avium complex、図3)とカンサシ症(MK Mycobacterium kansasi)という疾患の原因となる二つの菌があります(図1)。両者で非定型抗酸菌症の90%くらいを占めています(なおマック症が大部分を占め、カンサシ症は少ない)。

私もこれまでに何人かの非定型抗酸菌症の患者さん(ほとんど中年以降の御婦人でした)に出会いました。初めは症状に乏しく、次第に呼吸器症状(咳、痰など)、全身症状(体重減少、食欲低下など)をおこしてきます。慢性疾患として次第に悪化していくわけです。診断も難しいことが多く胸部レントゲン、CT、喀痰培養検査がおこなわれます。最近になって非定型抗酸菌症の診断基準が学会から発表され、日常診療において一助になっております。

治療についてはマック症とカンサシ菌では異なっています。マック症は症状悪化があれば抗結核剤の多剤併用を長年にわたり服用します。ただ薬剤効果は高くなく、高齢の方で軽症の人では対症療法だけをすることもあります。カンサシ菌は菌の力が強いために症状が悪化することがあり、肺結核の治療をおこないます。治療効果はMACよりも良好といわれています。

このようなわけで非定型抗酸菌症には医療者も大変悩んでいるところです。

後に非定型抗酸菌症は人から人への感染はないので家族への感染は心配ありません。大事なことは呼吸器内科の専門の医師のもとで長い目で経過観察することが大切です。

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図1 抗酸菌には結核と結核菌以外があります

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図2 非定型抗酸菌症による死亡者数は増加している
森本耕三氏の論文より引用 (結核 第88巻 第3号 2013年3 月)

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図3 熊本日日新聞2008年11月7日付朝刊からの転載

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表1 非定型抗酸菌症の診断基準 (日本結核病学会・日本呼吸器学会基準) 2008年4月発表