梅雨 6月9日 

入梅し、雨がよく降る日々が続くこととなりました。ある知人の方から今の季節を表す絵手紙をいただきました(写真1)。絵手紙にもある様に雨が降る6月の梅雨時を水無月(みなづき)といいます。しかし、雨が多いのに何故、水無月(水の無い月)というのでしょうか?調べたところ幾つかの説がありました。あるひとつの説として「無」という漢字が連帯助詞名詞と名詞をつなぐ助詞)であり、それは平仮名の「の」という意味だそうです。ですから「水の無い月」ではなく、「水の月」ということになるというわけです。他にも幾つかの解釈があるようですが、決定的な説もないようです。それにしても日本語はなかなか優美で奥深い言語であることを再認識しました。

ところで6月のカレンダーを眺めていますと、あることに気がつきませんか(写真2)。それは6月には祝祭日がないということです。5月上旬のゴールデンウィークが終わり、718日の海の日までの間には祝祭日がないのです。つまり、仕事を一日休める日が日曜日以外になく、身体的負担が大きいということです。個人的には1年では6月を中心にした月日が最も過労状態に陥っています。「6月中旬ぐらいに国民の祝日を増設してほしい!」と毎年切に願っています。

さて最近、予防接種についてあれこれ復習しています。当り前のことですが、病気にならないよう予防に努力することは非常に大切です。特に抵抗力の弱い子どもさんでは重要です。最近ではVPD (Vaccine=ワクチンPreventable=予防可能であるDiseases=病気という言葉も当たり前のように広がり、予防接種の重要性が広がっています。ようやく日本もワクチンギャップ先進諸国に比較してワクチン導入が遅れていたこと)を抜け出し、諸外国なみの予防接種体制が整ってきました。小児科外来においても予防接種の業務は大きなウエイトを占めるようになっています。

今回はB型肝炎ウイルス(以下HBV:hepatitis B virus)の予防接種について研鑚をつみました。HBVの予防接種は、本年10月からは赤ちゃんで定期接種に組み込まれることになりました。これで乳児肝炎の発症予防、将来のHBV患者さんの発症・蔓延を防ぐことに大きな期待が持てます。現場にいる小児科医としては大変心強い限りです。

まずHBVの一般的なことについて改めて少し紹介してみます。HBVが発見されたのは、1964年と比較的最近のことです。オーストラリアの住民の血清から、はっけんされたので「オーストラリア抗原」といわれました。では、どのくらいの人が感染しているのでしょう。全世界で4億人の慢性感染者がいると推測されており、たいへん数の多い、というか最も数としては多い感染症なのです。また地域的にはアジアに多いことが分かっています。日本ではキャリアーの人は約110140万人、患者数は約7万人、新規発症者の人は年間5000人以上と推定されています(1)。キャリアーとはHBVに感染していても発病していない人のことであります。つまりウイルスの保菌者であっても自覚症状がなく、そのため他人に知らないうちに感染させてしまう危険性を持っている人なのです。3才未満の方は抵抗力が弱いのでHBVに感染しやすく、多くはキャリアーとなります。これに対し成人のキャリアーのほとんどは自然治癒しますが、一部の人は慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌と進展してしまうのです。ですからなかなか厄介な感染症であり、であるからこそ予防接種で是非防止すべき感染症なのです。

次に、話が少し横にそれますが、HBV以外の肝炎ウイルスについて触れておきます。たまに患者さんに「肝炎にはA,B,C,Dなどの型がありますが、どのように違うのですか?」と聞かれることがあります。ひとことでは簡単に返答できません。詳しいウイルス学理論は割愛しますが)ただ注目すべきことは、BCの肝炎は慢性化し肝臓ガンを発症するという点です(図1)。この点においてBCの肝炎は他の肝炎より重要だといえます。さらにまた肝炎の違いを理解するためには肝炎の歴史的経過を知ることが有用です。すでに第2次世界大戦前から軍隊のなかで肝炎が発症することが知られていました。ところが同じ肝炎といっても輸血によって発症する肝炎、また飲食物によって発症する肝炎、この二つの肝炎があることが分かってきました。そこで輸血で感染するのをB型、経口的に感染するのをA型と区別するようになり、これがA型、B型肝炎の違いのはじまりなのです。その後、HBV1964年にオーストラリア抗原として発見され、その後、これが肝炎の発生に関係することが大河内一雄先生らの研究(1968年)で明らかにされました。一方、C型肝炎以下、HCV:hepatitis C virus)も輸血に伴って起こる肝炎として注目されていましたが、病原ウイルスは不明なため非AB型肝炎と呼ばれていました。ようやく1988(HBVに遅れること24年)になって不明であったウイルスが同定され、C型肝炎と命名されました。このように肝炎ウイルスの歴史は特にHCV)、それほど古いものではありません。しかしHBVHCVは医学上の知見は飛躍的な進歩を遂げています。

そこでHBVHCVの患者さんの違いをお示ししますなかなかHBVの予防接種の話に入れず、恐縮です

まず両肝炎それぞれのおおよそのキャリアー数と患者数は表1の通りです。これをみると明らかなようにHCVのほうが数の多いことが示されています。次に肝ガンの原因としては圧倒的にHCVのウエイトが高くなっています(図1)。また治療についてはHBVに比較してHCVでは最近になって画期的な治療法が出現し、予後に改善がみられています。そしてHBVHBCの決定的な違いのひとつに「HBVには予防接種がある」という点です。

ここでようやく話がHBVの予防接種になります。今回は10月から開始されるHBVの予防接種の具体的方法等についてではなく、HBVワクチンの一般的なことについて紹介したいと思います(10月から開始されるHBV予防接種については、次の機会にする予定です)

日本では従来、HBVを体内にもっているキャリアーのお母さんから赤ちゃんへの感染(垂直感染といいます)を防ぐことに重点がおかれていました。これは母子感染予防といわれ1986年から開始され、それなりに効果をあげてきました(2左)。しかし、それでもHBVの発症は十分に抑制できませんでした。これが大きな問題として認識されてきたのです。それはとりわけ性交渉、また医療者の針刺し事故、薬物依存症による注射器使用、等々によるHBV感染があるからなのです。これらの感染経路は垂直感染に対し、水平感染といわれています(2右)。特に問題は若い人において性感染症(STD)としHBVを発症する人が増加しているという由々しき現状があります(図3)。HBVは血液中存在するのはもちろんのこと、汗、尿、体液にも存在するのです。ですからキャリアーの大人から子どもへの食物の口移し、格闘技で傷口から汗や血液を介しても感染するのが事実なのです。このような感染の可能性については、もっと啓蒙する必要があります。さらにまた、最近ではウイルスをその遺伝子型からAからHまで8種類のゲノタイプ(遺伝子型)に分類し、検討がなされているのですが、これまで我国には少なかったゲノタイプAのHBV(北米、欧州、アフリカ中部に多く分布する)が海外から流入していることが問題となっています。ゲノタイプAのHBVはキャリアー化しやすいのです。これに対し従来から日本に多いゲノタイプCHBVはキャリアー化することは少ないのです。特に大都市ではゲノタイプAのHBVが増加しています。このようにHBVの水平感染による問題は深刻な状況なのです。すでに厚生労働省も肝炎総合対策に乗り出しているところです(4)

以上のことから、ワクチンをまずはHBVに感染し易い子どもさんに接種を実施すべきです。特に3才未満ではかかり易く、キャリアー化することが多いのです。母親がHBV陽性の子どもさんはもちろん、御家族内にキャリア―がいる時はしっかりと早めに受けるべきです。そうでない場合でも集団生活がはじまる前(幼稚園・保育園の入園前)には受けた方が良いでしょう。また思春期を迎えると予防接種の効果が落ちているので再接種することも考慮してよいでしょう。特に職業上リスクを抱えている医療従事者では、特に再接種が必要です。医療関係者のためのワクチンガイドライン第2日本環境感染症学会2014年)には、すべての医療従事者はHBVワクチンを受けるべきだとしています。

また、さらなる問題としてHBVワクチンを受けていてもHBV感染が成立することがあること、免疫・化学療法によって体力が低下するとHBVが再活性化するなどの問題が注目されています。ですからとにかくHBVワクチンで予防することが必須といえます。このように今後も様々な課題があり、HBV撲滅にはだいぶ道のりがあります。いずれにしろ、とにかくHBVワクチンを受けることが第一歩であることは間違いありません。なかなか総て解決できるというものではありません。そして誰もが正しい知識を持つことが大切です。

 
160611.1キャプチャ写真1 水無月の絵手紙をいただきました

 

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写真2 6月を中心に祝祭日がありません

 

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1 広島大学大学院 医歯薬保健学研究院 田中 純子先生の論文からの引用
厚生労働省のホームページ

 

160611.4キャプチャ1 奥野消化器クリニック
 
http://www.okunoclinic.com/kangan.html からの引用

 

160611.5キャプチャ2 重直感染と水平感染 http://www.know-vpd.jp/hbv/hbv_01.htmからの引用

 

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図3 国立感染症研究所のホームページからの引用
http://www.nih.go.jp/niid/ja/vir2heptopi/3211-vir2hephbvjpifp.html

 

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図4 厚生省の肝炎総合対策