8月 夏本番 8月12日

暑中と残暑、お見舞いも申し上げます。少し前に楽しい暑中見舞い1)を知人からいただきました。さわやかなので楽しんでください。

さて本当に猛暑の8月です。ほんの少し外に出ただけでも、すぐに体全体から汗がふき出してきます。その汗を拭かないままでエアコンの効いた部屋にいますと、今度は急に体が冷えて風邪をひきそうになります。またエアコンを一晩中つけて寝たために夏風邪を引いてしまい、受診される方が来年の夏よりは少し多いような気がします。皆様方におかれては、くれぐれもお体に気をつけ暑い夏を御過ごしください。

毎年8月になるとお盆ということで京都へお参りに出かけています。7月は祇園祭りで混雑するので避けますが、8月の京都には殊更暑くても出掛けています。といっても暑い京都の中心部は避け、やや涼しい洛北方面に足を伸ばしています。ただ今年は細見美術館で開催されている伊藤若冲いとうじゃくちゅう、17161800の展覧会に赴きました。先日東京で若冲展が開催されたのですが、大変な人気で入場に時間待ちという大盛況でした。こうなると普段、若冲にあまり興味のない自分でも行きたくなったというわけです2)

若冲(図3)は京都にある錦市場の青物問屋の長男として生まれました。若冲は家業には熱心ではなく、絵を描くことだけに興味をもったとのことです。ところが最近の研究により若沖は絵師としてだけではなく、商人として錦市場での営業認可をめぐって大変な活躍をした人であることが明らかにされました。今回、絵師としてだけでなく若沖の商人としての顔を初めて知ることが出来ました。若沖の働きにより錦市場は窮状を脱することが出来たのです。錦市場の事件は、若沖が45才頃に勃発したものでその解決に3年間ほどの歳月を要しております。記録をみると若沖は大変に細やかな心配りをする商人であったことがうかがえます。若冲は40才になって絵師として独立したといわれていますが、単なる絵師だけではなく有能な商人でもあったというわけです。

さて実は8月になって暑くなるとともに、「どうも体がだるい」と思っていたところ突然、消化器症状が出現してきました。初めは「食べ過ぎかな」と軽く思っていたのですが、なかなか下痢症状が治まらず、結局1週間近く倦怠感・体調不良が続いてしまいました。自分が病気になった時、いつも思い出すのは医学部の学生時代に老教授から言われた言葉です。それは「医者は自分自身が病気をしないと、患者の本当の気持ちは分からないものだ。だから医者自らが病気をして辛い体験をすべきだ。」というものであります。たしかに全くその通りで「患者さんはこんなに辛いのだ」とあらためて理解し、普段の診療に全力を傾けようと思いました。

それにしても体が辛かったので全ての予定を土壇場でキャンセル(ドタキャン)し、家の中で安静に過ごす時間が多くなりました。また本ブログを書くことも「一時中断の止むなし」となったところです。外に出ても猛暑でもあり、オリンピック放映もあるということで家の中でずっといる日々が続きました。

しかしこれでは矢張りまずいので、体調回復とともに少しずつ医学書を紐解くことにしました。臨床医学というものは勉強すればするほど、自分が理解していないことを強く思い知らされます。いくら勉強してもキリがないというところが正直なところです。

いうわけで今回は結核について少々勉強をしてみました。結核というものは市井の診療所では日常それほど出会う疾患ではありません。しかし頭の片隅には常に置いていなければならない疾患であります。患者さん自身が「私は肺結核でしょうか」と言って来院されることはまずありませんし、つい医師側も忘れがちな病気です。その理由は日本では1960年代から驚異的なスピードで結核患者さんが減少したため、医療関係者も含めて皆が結核は過去の病気と錯覚しているためかもしれません。ところが困ったことに、ここ30年ほどは患者数の減少が鈍ってきているのです4)。たしかに平成26年度において新しい結核患者さんの数が19,695人と初めて2万人を切ったのですが、人口10万人あたりの罹患率は15.4という数字なのであります。この15.4という罹患率は高いのでしょうか。それを明らかにするため先進諸外国の結核罹患率と比較すると3ないし6倍ほども高い数字なのです4)。つまり依然として残念ながら日本は結核の中蔓延国である、これが日本の現状なのです。また留意すべきこととして、新規発生患者さんの半分以上は65歳の以上の老人であること、40歳未満の若い方でも2,600人以上が発症していること、しかもいわゆる潜在性結核感染症患者さんは2,000万人程度もいると推定されていることです(潜在性肺結核感染症については後で述べます)。このように日本の結核の現状を見る限り、けっして過去の病気ではないのです。

では、なぜ日本では結核患者さんがよりいっそう減少し、諸外国並みの罹患率とならないのでしょうか。その大きな理由として高齢者人口が多いこと、またホームレス、社会的弱者、そして途上国から日本に来る外国人に対しての対策が遅れているということにあります5)。また医療従事者も結核は過去の病気だというような間違った錯覚、そして誰もが結核に関心が低いこと、これらが結核が減少しない理由です。これから日本は、ますます高齢者国家となり、外国人労働者を受け入れることを考えたとき、適切な対応をとる必要があります。

では、わが国での適切な結核対応と何でしょうか。まずは高齢者の方の対策です。高齢者には結核患者さんが多いのですが、しばしば遺憾ながら高齢者では診断が遅れがちとなるのが現状です。これは典型的な結核の症状(発熱、咳などの呼吸器症状)が出にくいため見過ごしてしまうからであり、特に注意する必要があります。一方、幸い子どもさんの結核は4ケ月の乳児検診などでのBCG接種の高普及により、その患者発生数は少なくとどまっています。それでは高齢者と子どもさん以外の残った人、つまり若い人の結核対策です。ここが解決できれば欧米諸国並みの低蔓延国になる可能性があるわけで、どのような方法があるのでしょうか。そのひとつに潜在性結核感染症以下LTBI : Latent Tuberculosis Infection)の人を早期発見し、積極的に対応することが挙げられます。LTBIとは、簡単にいえば「結核菌が体内にあっても、発病していない感染状態のこと」をいいます。我々人間は結核菌を吸い込んでも必ずしも感染をするわけではなく、体の抵抗力により結核菌を追い出します。また、たとえ結核菌が体内に残っても免疫細胞が結核菌を封じ込めたままにしてくれます。ただし発病リスクが相当高く (これは高齢者や(図5)に示した社会的弱者の人が該当します)、かつ治療を行う有益性が副作用を上回ると考えられる人はLTBI患者さんと判断して対応するが必要となります。このようなLTBI患者さんを探し出すためには、結核患者さんに接触した人を対象とした接触者健診が重要な手がかりとなります。その具体的な方法は、20143月に「結核の接触者健康診断の手引き」(6)が発表されております。その詳細はホームページhttp://www.phcd.jp/02/kenkyu/kouseiroudou/pdf/tb_H25_tmp02.pdf)にありますので、その概略だけを紹介いたします。

「結核の接触者健康診断の手引き」では、結核患者さんに接触し感染のリスクがあると判断された接触者に対し血液によるスクリーニング検査が推奨されています。スクリーニング検査にはインターフェロンγ遊離試験があり、これにはQFT-3G検査クオンティフェロンTBゴールドT-SPOT検査(T-スポットTB)2つがあります。両検査いずれも過去の感染か、最近の感染かの区別は不可能なこと、また両者の特異度は極めて高く差がないこと、またBCGの影響を受けないことなどが確認されています。なおT-SPOT検査のほうが実地臨床では実施しやすい採血量が少なく、輸送が簡易ので好まれるようです。両者とも検査の時期としては結核患者さんと接触して2ないし3ケ月後とされています。また今回の手引きでは乳幼児に対しても本スクリーニング検査が推奨され、また結核感染率の高い集団ではスクリーニング検査の再検査が推奨されています。

最後に両検査でLTBIと判定された場合です。ここで今一度、LTBIの臨床診断についてです。LTBIとは本来「顕在性肺結核」と対比した用語あり、インターフェロンγ遊離試験で陽性とされたものの胸部レントゲンや細菌学的検査で結核所見を認めないということで診断されることになります。このように十分に検討してLTBIと診断したならば、積極的に厚生労働大臣が定めた「結核医療の基準」に従ってイソジアニド内服の単独療法を6ケ月ないし9ケ月実施することになります。これは大変有効な治療であります。なお、この治療費には公費負担が適応されることになります。

以上、日本における結核についてあらましを紹介しました。それにしても結核は静かに潜航している感染症です。世界に目を向けましても2014年では960万人が発病し、150万人が死亡しています(HIV/エイズに次ぐ死因の2番目。国は2020年のオリンピック開催までに結核低蔓延国になることを内外に宣言しております。そして半世紀以内に結核制圧を完了すること、これを夢に終わらすのではなく是非実現したいところです。

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1 絵手紙の暑中見舞い

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図2 細見美術館の入場券

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3 伊東若沖の人物画
相国寺蔵 WikiPedia より

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4 先進国の結核罹患率の推移
日本医師会雑誌 145巻5号933ページから引用

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5 日本における結核罹患の相対的危険度
日本医師会雑誌 145巻5号935ページから

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6 結核の接触者健康診断の手引き
厚生労働科学研究
(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)による