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治療方針で難しい選択を迫られた時

昭和の時代の医療では、医師が一番最適と思う治療方針をそのまま患者さんに施すのが基本でした。

患者さんにはそれほど選択肢は多く与えられず、医師が「この薬を使います。」とか、「手術をやりましょう。」と言えば、患者さんは「お願いします。」とか「先生にお任せします。」と答えるのが常識でした。

深刻な病気の場合には本人に病名を伝えないまま治療をするということも日常的に行われていました。

平成になり、だんだんとこのように医師主導で治療が選択されるのではなく、患者さんが主体的に治療方針を選択するべきだという流れが加速してきました。

「Aという薬を使えば、60%の患者さんよくなります。大きな副作用はないことが多いです。Bという薬を使えば90%の患者さんがよくなりますが、5%にこんな心配な副作用が出ると報告されています。どちらを選びますか?」

医学的知識のない患者さんに分かりやすく選択肢を説明し、提示することが当たり前になったのはとてもよいことだと思います。

それぞれの家庭環境や価値観により、同じ病気でも選択される治療は様々ですが、今の時代では自分が一体何の病気で何の薬を使っているのか全く分からないまま入院生活を送っているということはまずありえない時代と言えるでしょう。

 

一方で、治療方針を自分の責任で決めるということは、以前に比べて患者さん自身に精神的負担をかけている部分も間違いなくあると思います。

昔はお医者さんにお任せするしかない、或いは、お任せしておけばよいという、ある種の気楽さもあったでしょう。

例えば上のAとBの薬の話を聞いて理解はできても、自分で選択しろと言われたらどうしようと途方にくれてしまう方もいるのではないでしょうか。

医師は実は以前同様もちろん自分の中ではベストと思う治療方針があることが多いですが、時代の流れからそれに強く誘導はせず、あくまで患者さんに決定してもらうというスタンスをとらざるを得なくなっています。

特に癌の治療や、手術をするかどうかなど、スケールの大きい治療になればなるほど、一定の割合発生する副作用や合併症の程度も大きくなるためこれらを担当する先生方は特にその傾向が強くなります。

このような時に自分の決断の背中をそっと押してくれる医師の一言を引き出すためにおススメのフレーズがあります。

「先生は一番いい治療はどれだと思っていらっしゃいますか?」と聞いても、「患者さんによって一番いい治療というのはケースバイケースですので、答えるのは難しいですね。」などと返答が返ってくる可能性が高いです。

ですので、例えば女性の患者さんが先生の親くらいである場合は、「参考までに、もし先生のお母さんが全く同じ病状だったら、先生はどうされるか教えてください。」と聞きましょう。

我々医師は様々な病気や薬のたくさんのデータを持っていますが、それはあくまで目の前にいる今から治療をする患者さんにではない違う人達に起こったデータです。

きっと近い反応や経過を辿る可能性が高いだろうという予測から治療が施されるわけですが、実際には地球が誕生して以来、その患者さんにその治療を行ったことはないわけで、一億人に一人の特異体質かもしれませんし、大げさに言えば最終的な結果は神のみぞ知るとも言えます。

また、複雑なケースではそもそも我々医師ですら確信なく治療を行わないといけないことも多々あります。

結果が思わしくなかった時や、まれな合併症や副作用が出てしまった時に、患者さんが自分のした選択を後悔してしまうのはもちろん当然のことでしょう。

しかしそれを「でもこれで最善の選択肢だったはずだ。」といつか受け入れるようになるために、「自分の信頼しているお医者さんが自分の家族にする選択肢を選んだんだから。」という思いはきっと役に立つのではないでしょうか。

小児科ではどのように質問すればよいかはもうおわかりでしょう。

「先生の息子さんはうちの子と近い小学校5年生ですよね。万が一同じ状況になったら、どうされますか?」

逆に避けた方がいい質問の仕方は、「この薬さえ飲んだら必ず治りますか?」とか、「副作用の心配は100%ないですよね?」とか、「悪性では絶対ないですよね?」などです。

気持ちは痛いほど分かりますが100%や絶対という単語を使った聞き方をするタイプの患者さんに対しては、医師は後に不当に責任を取らされるのを避けるために、きっちり患者さんに自分で判断して方針を選んでもらわなけれならないと感じるので、もう医師自身の個人的なベストな考えは聞くことはできず、客観的な事実と数字の羅列から患者さん自身の責任で方針を選択することを余儀なくされてしまいます。

 

さて、クリニックだけでは全ての医療は完結できませんから、入院や手術のために大きな病院に紹介状を持って場所を移さなければならないことがあります。

その際、慣れ親しんだホームグラウンドのクマの病院から、ドキドキのアウェイに向かう不安な気持ちになるのは想像に難くありません。

私はお母さん、お父さんが緊張してなかなかうまくあちらの先生に伝えられなくても困らないように、強力なお守りを授けるような気持ちで詳しく紹介状を記載するように心がけています。

そしてアウェイで、難しい治療方針の選択を迫られた時は、ぜひこのフレーズを思い出していただけるとよいなと思います。