私が以前勤務していた大阪市立総合医療センター小児感染症科は、成人の感染症科と連携しコロナの最前線で攻防を繰り広げています。
現在私はクリニックで地域を守る役割についているため、直接コロナ患者を治療する立場にはありませんから、コロナそのものについての情報(治療の実際や予後、ワクチンや治療薬の見通しなど)に関しての発信はするべきではありません(するのに必要な経験症例がそもそもありません)。
そのためむやみに憶測をブログに書いて混乱を招かないよう、内容に関して慎重に考慮を重ねていました。
しかしこの1、2週間で日本も深刻な段階に入り、皆さんに新興感染症と医療崩壊の一般的な知識について取り急ぎ伝えるべきだと思いここに記します。
①まず感染症との戦いのイメージについて
今までに医学が戦ったことのない新たな感染症が広がりをみせた時、その実態が掴めるまで中々深刻度は伝わりにくいものです。
正しい戦略というものもどんな専門家も誰も知りません。
選択がどうだったかは結果論で判断するしかないため、私を含めて全ての医療者はその瞬間にもっとも正しいと思われる行動を取り、歴史や後の科学的検証の批判を甘んじて受ける覚悟を持ってこれからの戦いに臨みます。
まず一般の方が肝に命じておかなければならないことは、感染症との戦いは自動的に全員強制参加の集団戦であるということです。
2人3脚という言葉がありますが、言うなれば「1億2000万人1億2000万1脚」。
誰かがつまずくと近い人ほど一緒に引きずり込まれますが、その影響はそこから波及的に遠くの人にも伝わっていくのです。
目指す理想は誰一人倒れて命を落とすことなく歩きゴールまでたどり着くことですが、手強いコースが待ち受けている場合には途中でメンバーを失い、そしてその空いた分の隙間をつめて新たに足を結び直しまたひとつながりで歩き続けることになります。
1億2000万人の中には歩くのに周りの支えが必要な人、あるいは完全に抱えてもらわなければならない人もたくさんいます。
そのような助けを必要とする人の周囲の人は自分が歩くだけではなく、その人を介助しながら進んでいなくてはならず大変な労力を要します。
元気な人達が自分勝手にどんどんと進んでいくと、そのような人達の付近の人達は必死に声を荒げて「やめてください!足並みを揃えて下さい!」と悲痛な叫びをあげます。
元気でもっと自分は早く走れると息巻いてる若者達も知らなければなりません。
ひとつながりの中に自分の大事な人達がいることを。
感染症との戦いに自分や家族や恋人や友達がみな同じひとつながりで強制参加させられていることを。
②感染症の対策を0か100かで考えない
以前にもお話しましたが、感染症との戦いはいかに「少しでも可能性を下げる」かの勝負です。
コロナの場合でも、外に出る回数を1回でも減らす、人と会話する時の距離を10cmでも長く取る、10分でも長くマスクをするなどを少しずつ積み上げることで確率を減らすことができるのです。
ここが理解できていない人は、「インフルエンザはワクチンをうったら無敵。」とか、「満員電車で通勤しているから、どうせその他の努力は無意味なので好き放題外出する。」などという勘違いを起こします。
自分が入院した時に、「コロナは感染力が強く、手洗いやアルコール消毒をしても院内感染を起こすことがゼロではありません。どうせ完全には防げないので私は手洗いはしない主義です。」と笑顔で話す医者や看護士に治療を受けたいと思いますか?
自分や家族に飛んでくるウイルスを国や政治家や医者がハエたたきでたたき落としてはくれません。
国や政治家は医療や経済の大きなバランスをみながら舵を取るのが役割です。
医者は治療の必要な患者さんの対応をするのが役割です。
ウイルスから自分や家族を守れるのは自分自身の継続的な努力のみです。
③医療崩壊とは
例えば600床の病院にコロナ患者さんが2人入院していると聞いてどう感じますか?
それほど危機的状況ではないようには思いませんでしたか?
強い感染症の患者さんが1人いるだけで、実は膨大な時間、人手、医療資源が使われます。
普通一人のスタッフは複数の患者さんを同時に受け持ち、慌ただしく動き回っています。
しかし、特殊な感染症の部屋に入る担当のスタッフ達は通常その部屋だけを担当し(これはマンパワーに余裕がある時の話で、枯渇すれば必ずしもそうではありませんが)、また出入りの度に手洗い、消毒、手袋の入れ替え、資源に余裕がある場合はガウンも着替えます。
これは相当時間と手間を取る作業です。
医療に携わる者は、これらをどれだけきっちりやっても先ほどお話しした100にはならないことを知っているので、自分がうつらないか、うつったら致命的になる他の重症の別の病気の患者さんにうつしてしまわないか大変なストレスに晒され続けています。
感染症の患者さんが入っていると知った近くの病室の患者さんや御家族から、他の部屋に移りたい、感染したらどう責任を取るのかなどの要望や質問をもらうこともあります(でもこれはとても自然な感情でしょうし、本当によく分かります)。
ひとたび医療者に感染があると、接触した可能性のある患者さんの検査などはもちろんのこと、結果が出るまでの間、誰が感染者で誰が非感染者か分からない暗闇の中、部屋や隔離をどうするかに頭を悩ませることになります。
そのような空間的余裕はどの病院にもないのです。
また、感染した医療者と接触した同僚達も自宅待機が必要な事態になると下手をすると数十人が一気に病院の戦力から消えることになるのです。
ニュースを聞いていると、皆さんの中にはひょっとすると病院や医療者は今、「コロナと戦っている」印象を持っている方もいるかもしれません。
そうではないのです。
喘息発作の患者さん、がん患者さん、脳出血やお産の出血、虫垂炎で緊急に手術が必要な患者さん。
思い出して下さい。
コロナが来る前からすでに日本の病院のほとんどはすでに限界が近かったのです。
これらの医療をしながら、今、さらにコロナが上乗せできているのです。
医療崩壊とは、「コロナの患者さんで病院が埋め尽くされた状態」よりもっと手前に起こる、「コロナの患者さんの対応が増えてきたせいで、心筋梗塞や交通事故や、がん治療に手が回らなくなる状態」で、これはもう本当に近いところまで迫ってきてしまっています。
コロナのニュースを見て、感染者数や死亡者数が日本の人口や大都市の人口と比べてそれほどすごい割合ではないじゃんと考えていた方はすぐに考えを改めて下さい。
あの人数は、すでに限界の近かった元々の日本の医療に上乗せできた、膨大なエネルギーを吸い取るウイルスの人数なのです。
「オーバーシュート(患者数爆発)が起こるはるか前に医療崩壊が起こる。」とはそういう意味です。
今後、情報が増えればまたコロナウイルスについての具体的な医学的知見も追加していきますが、とり急ぎ、包括的な内容に留めました。