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感染症、医療崩壊についての一般的知識

私が以前勤務していた大阪市立総合医療センター小児感染症科は、成人の感染症科と連携しコロナの最前線で攻防を繰り広げています。

現在私はクリニックで地域を守る役割についているため、直接コロナ患者を治療する立場にはありませんから、コロナそのものについての情報(治療の実際や予後、ワクチンや治療薬の見通しなど)に関しての発信はするべきではありません(するのに必要な経験症例がそもそもありません)。

そのためむやみに憶測をブログに書いて混乱を招かないよう、内容に関して慎重に考慮を重ねていました。

しかしこの1、2週間で日本も深刻な段階に入り、皆さんに新興感染症と医療崩壊の一般的な知識について取り急ぎ伝えるべきだと思いここに記します。

 

①まず感染症との戦いのイメージについて

今までに医学が戦ったことのない新たな感染症が広がりをみせた時、その実態が掴めるまで中々深刻度は伝わりにくいものです。

正しい戦略というものもどんな専門家も誰も知りません。

選択がどうだったかは結果論で判断するしかないため、私を含めて全ての医療者はその瞬間にもっとも正しいと思われる行動を取り、歴史や後の科学的検証の批判を甘んじて受ける覚悟を持ってこれからの戦いに臨みます。

まず一般の方が肝に命じておかなければならないことは、感染症との戦いは自動的に全員強制参加の集団戦であるということです。

2人3脚という言葉がありますが、言うなれば「1億2000万人1億2000万1脚」。

誰かがつまずくと近い人ほど一緒に引きずり込まれますが、その影響はそこから波及的に遠くの人にも伝わっていくのです。

目指す理想は誰一人倒れて命を落とすことなく歩きゴールまでたどり着くことですが、手強いコースが待ち受けている場合には途中でメンバーを失い、そしてその空いた分の隙間をつめて新たに足を結び直しまたひとつながりで歩き続けることになります。

1億2000万人の中には歩くのに周りの支えが必要な人、あるいは完全に抱えてもらわなければならない人もたくさんいます。

そのような助けを必要とする人の周囲の人は自分が歩くだけではなく、その人を介助しながら進んでいなくてはならず大変な労力を要します。

元気な人達が自分勝手にどんどんと進んでいくと、そのような人達の付近の人達は必死に声を荒げて「やめてください!足並みを揃えて下さい!」と悲痛な叫びをあげます。

元気でもっと自分は早く走れると息巻いてる若者達も知らなければなりません。

ひとつながりの中に自分の大事な人達がいることを。

感染症との戦いに自分や家族や恋人や友達がみな同じひとつながりで強制参加させられていることを。

②感染症の対策を0か100かで考えない

以前にもお話しましたが、感染症との戦いはいかに「少しでも可能性を下げる」かの勝負です。

コロナの場合でも、外に出る回数を1回でも減らす、人と会話する時の距離を10cmでも長く取る、10分でも長くマスクをするなどを少しずつ積み上げることで確率を減らすことができるのです。

ここが理解できていない人は、「インフルエンザはワクチンをうったら無敵。」とか、「満員電車で通勤しているから、どうせその他の努力は無意味なので好き放題外出する。」などという勘違いを起こします。

自分が入院した時に、「コロナは感染力が強く、手洗いやアルコール消毒をしても院内感染を起こすことがゼロではありません。どうせ完全には防げないので私は手洗いはしない主義です。」と笑顔で話す医者や看護士に治療を受けたいと思いますか?

自分や家族に飛んでくるウイルスを国や政治家や医者がハエたたきでたたき落としてはくれません。

国や政治家は医療や経済の大きなバランスをみながら舵を取るのが役割です。

医者は治療の必要な患者さんの対応をするのが役割です。

ウイルスから自分や家族を守れるのは自分自身の継続的な努力のみです。

③医療崩壊とは

例えば600床の病院にコロナ患者さんが2人入院していると聞いてどう感じますか?

それほど危機的状況ではないようには思いませんでしたか?

強い感染症の患者さんが1人いるだけで、実は膨大な時間、人手、医療資源が使われます。

普通一人のスタッフは複数の患者さんを同時に受け持ち、慌ただしく動き回っています。

しかし、特殊な感染症の部屋に入る担当のスタッフ達は通常その部屋だけを担当し(これはマンパワーに余裕がある時の話で、枯渇すれば必ずしもそうではありませんが)、また出入りの度に手洗い、消毒、手袋の入れ替え、資源に余裕がある場合はガウンも着替えます。

これは相当時間と手間を取る作業です。

医療に携わる者は、これらをどれだけきっちりやっても先ほどお話しした100にはならないことを知っているので、自分がうつらないか、うつったら致命的になる他の重症の別の病気の患者さんにうつしてしまわないか大変なストレスに晒され続けています。

感染症の患者さんが入っていると知った近くの病室の患者さんや御家族から、他の部屋に移りたい、感染したらどう責任を取るのかなどの要望や質問をもらうこともあります(でもこれはとても自然な感情でしょうし、本当によく分かります)。

ひとたび医療者に感染があると、接触した可能性のある患者さんの検査などはもちろんのこと、結果が出るまでの間、誰が感染者で誰が非感染者か分からない暗闇の中、部屋や隔離をどうするかに頭を悩ませることになります。

そのような空間的余裕はどの病院にもないのです。

また、感染した医療者と接触した同僚達も自宅待機が必要な事態になると下手をすると数十人が一気に病院の戦力から消えることになるのです。

ニュースを聞いていると、皆さんの中にはひょっとすると病院や医療者は今、「コロナと戦っている」印象を持っている方もいるかもしれません。

そうではないのです。

喘息発作の患者さん、がん患者さん、脳出血やお産の出血、虫垂炎で緊急に手術が必要な患者さん。

思い出して下さい。

コロナが来る前からすでに日本の病院のほとんどはすでに限界が近かったのです。

これらの医療をしながら、今、さらにコロナが上乗せできているのです。

医療崩壊とは、「コロナの患者さんで病院が埋め尽くされた状態」よりもっと手前に起こる、「コロナの患者さんの対応が増えてきたせいで、心筋梗塞や交通事故や、がん治療に手が回らなくなる状態」で、これはもう本当に近いところまで迫ってきてしまっています。

コロナのニュースを見て、感染者数や死亡者数が日本の人口や大都市の人口と比べてそれほどすごい割合ではないじゃんと考えていた方はすぐに考えを改めて下さい。

あの人数は、すでに限界の近かった元々の日本の医療に上乗せできた、膨大なエネルギーを吸い取るウイルスの人数なのです。

「オーバーシュート(患者数爆発)が起こるはるか前に医療崩壊が起こる。」とはそういう意味です。

 

今後、情報が増えればまたコロナウイルスについての具体的な医学的知見も追加していきますが、とり急ぎ、包括的な内容に留めました。

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治療方針で難しい選択を迫られた時

昭和の時代の医療では、医師が一番最適と思う治療方針をそのまま患者さんに施すのが基本でした。

患者さんにはそれほど選択肢は多く与えられず、医師が「この薬を使います。」とか、「手術をやりましょう。」と言えば、患者さんは「お願いします。」とか「先生にお任せします。」と答えるのが常識でした。

深刻な病気の場合には本人に病名を伝えないまま治療をするということも日常的に行われていました。

平成になり、だんだんとこのように医師主導で治療が選択されるのではなく、患者さんが主体的に治療方針を選択するべきだという流れが加速してきました。

「Aという薬を使えば、60%の患者さんよくなります。大きな副作用はないことが多いです。Bという薬を使えば90%の患者さんがよくなりますが、5%にこんな心配な副作用が出ると報告されています。どちらを選びますか?」

医学的知識のない患者さんに分かりやすく選択肢を説明し、提示することが当たり前になったのはとてもよいことだと思います。

それぞれの家庭環境や価値観により、同じ病気でも選択される治療は様々ですが、今の時代では自分が一体何の病気で何の薬を使っているのか全く分からないまま入院生活を送っているということはまずありえない時代と言えるでしょう。

 

一方で、治療方針を自分の責任で決めるということは、以前に比べて患者さん自身に精神的負担をかけている部分も間違いなくあると思います。

昔はお医者さんにお任せするしかない、或いは、お任せしておけばよいという、ある種の気楽さもあったでしょう。

例えば上のAとBの薬の話を聞いて理解はできても、自分で選択しろと言われたらどうしようと途方にくれてしまう方もいるのではないでしょうか。

医師は実は以前同様もちろん自分の中ではベストと思う治療方針があることが多いですが、時代の流れからそれに強く誘導はせず、あくまで患者さんに決定してもらうというスタンスをとらざるを得なくなっています。

特に癌の治療や、手術をするかどうかなど、スケールの大きい治療になればなるほど、一定の割合発生する副作用や合併症の程度も大きくなるためこれらを担当する先生方は特にその傾向が強くなります。

このような時に自分の決断の背中をそっと押してくれる医師の一言を引き出すためにおススメのフレーズがあります。

「先生は一番いい治療はどれだと思っていらっしゃいますか?」と聞いても、「患者さんによって一番いい治療というのはケースバイケースですので、答えるのは難しいですね。」などと返答が返ってくる可能性が高いです。

ですので、例えば女性の患者さんが先生の親くらいである場合は、「参考までに、もし先生のお母さんが全く同じ病状だったら、先生はどうされるか教えてください。」と聞きましょう。

我々医師は様々な病気や薬のたくさんのデータを持っていますが、それはあくまで目の前にいる今から治療をする患者さんにではない違う人達に起こったデータです。

きっと近い反応や経過を辿る可能性が高いだろうという予測から治療が施されるわけですが、実際には地球が誕生して以来、その患者さんにその治療を行ったことはないわけで、一億人に一人の特異体質かもしれませんし、大げさに言えば最終的な結果は神のみぞ知るとも言えます。

また、複雑なケースではそもそも我々医師ですら確信なく治療を行わないといけないことも多々あります。

結果が思わしくなかった時や、まれな合併症や副作用が出てしまった時に、患者さんが自分のした選択を後悔してしまうのはもちろん当然のことでしょう。

しかしそれを「でもこれで最善の選択肢だったはずだ。」といつか受け入れるようになるために、「自分の信頼しているお医者さんが自分の家族にする選択肢を選んだんだから。」という思いはきっと役に立つのではないでしょうか。

小児科ではどのように質問すればよいかはもうおわかりでしょう。

「先生の息子さんはうちの子と近い小学校5年生ですよね。万が一同じ状況になったら、どうされますか?」

逆に避けた方がいい質問の仕方は、「この薬さえ飲んだら必ず治りますか?」とか、「副作用の心配は100%ないですよね?」とか、「悪性では絶対ないですよね?」などです。

気持ちは痛いほど分かりますが100%や絶対という単語を使った聞き方をするタイプの患者さんに対しては、医師は後に不当に責任を取らされるのを避けるために、きっちり患者さんに自分で判断して方針を選んでもらわなけれならないと感じるので、もう医師自身の個人的なベストな考えは聞くことはできず、客観的な事実と数字の羅列から患者さん自身の責任で方針を選択することを余儀なくされてしまいます。

 

さて、クリニックだけでは全ての医療は完結できませんから、入院や手術のために大きな病院に紹介状を持って場所を移さなければならないことがあります。

その際、慣れ親しんだホームグラウンドのクマの病院から、ドキドキのアウェイに向かう不安な気持ちになるのは想像に難くありません。

私はお母さん、お父さんが緊張してなかなかうまくあちらの先生に伝えられなくても困らないように、強力なお守りを授けるような気持ちで詳しく紹介状を記載するように心がけています。

そしてアウェイで、難しい治療方針の選択を迫られた時は、ぜひこのフレーズを思い出していただけるとよいなと思います。

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英語への情熱

私の父は工学部の大学教授でしたので、よくヨーロッパの国際学会へ出席していました。

そして息子三人である我々を、見聞を深めるために高校時代に順繰りに同行させてくれました。

思えば英語は片言レベルに毛の生えた程度の父が、堂々と海外の先生方と議論しているのを見たことが私のその後の英語への情熱に火を付けたことは間違いありません。

高校時代は相当英語学習に時間を費やし、大阪大学医学部在学中に半年弱のアメリカ、1ヶ月強のカナダ留学を経験する機会に恵まれました。

本当は1年くらい行きたかったのですが、大学から特別に許可をもらっての留学で、留年しない限界の期間がこれくらいだったのです。

両国ともホームステイ+語学学校の英語漬けの日々で、英語の学習だけでなく日本人以外と接することのハードルを大いに下げてくれました。

大学卒業後は医学の勉強と研修が猛烈に忙しく、実は開業するまで英語にはほとんど時間を割けず一旦実力はだいぶ下がったと思います。

3年前に一念発起して英語学習を再開し、1年かけて失った実力を取り戻しました。

そこからモチベーションを維持するためにTOEICを3回受験し955が今のスコアとなっています。

そして、この春からちょっと気合を入れて勉強して(ブログもだいぶおさぼりして)、このたび英検1級に合格することができました。イェーイ。

実感としてはTOEIC 950より英検1級の方が難易度はだいぶ上ですので、一発合格はかなり嬉しかったです。

TOEICのハイスコアや英検1級は、必ずしも英語のコミニュケーション能力が高いことを意味しないかもしれませんが、私のは場合は元々のおしゃべり好きと相まって会話はかなり得意な方です。

国際化が進む時代、教育の中で英語の比重はますます重くなっていくでしょう。

英語が得意な日本人の数も増加していくことと思います。

ちなみに私は並行して中国語も勉強していて、今年春に中国語検定3級をパスしました。

訪日する中国の方が激増しており、中国語もこれからは求められるスキルになっていくに違いありません。

勉強して新しい知識を得ることは入ったことのない部屋のドアを開ける鍵を手に入れるようなもの。

何才になっても学ぶ姿勢を持ち続け、昨日より今日、今日より明日、少しだけ前に進んだ自分になれるように。

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パトロール

刑事「最近、物騒なニュースが多い。貝塚は平和な町だが、この平和を守るためには我々がパトロールを行い、怪しい奴をしっかり取り締まるんだ。いいなみんな!」

部下達「はっ!!」

刑事「よし、今日も町を見回って来い。怪しい奴を見つけたらすぐにしょっぴいて来るんだぞ。」

〜〜〜

部下A「刑事!とんでもない奴を見つけました!」

刑事「何!どんな奴だ!」

部下A「眼鏡をかけた毛むくじゃらの男です!」

刑事「ほう。どう怪しいんだ?」

部下A「そいつ、白いロングコートを羽織っているんですが、その下には・・・、」

刑事「まさか・・・、」

部下A「何も着ていません!」

刑事「今時そんな分かりやすい不審者は逆に珍しいな!そいつはどこにいたんだ?」

部下A「小児科のクリニックの前をうろついていました!」

刑事「何〜!よりによって純真無垢な子ども達の集まる小児科の前にだと!なんて奴だ!すぐ連れてこい!」

部下A「はっ!」

〜〜〜

部下A「ほら、入れ!」

刑事「どれどれどんな凶暴な奴だ!」

 

図1

刑事「いやいや、聴診器なんて小道具まで準備してるじゃないか。年季入ってるだろ、こいつ。」

部下A「刑事!その後の取り調べの結果、こいつはクリニックの関係者であることが判明しました。しかも、院長から、怪しい者ではありませんと連絡がありました。」

刑事「か、関係者!?怪しい者ではないだと・・・。」

部下B「刑事!もっと怪しい奴を捕まえました!」

刑事「(よし気を取り直して)そうか!どんな奴だ!」

部下B「今度の奴はひげの男です!」

刑事「ひげか。それから?」

部下B「それから、、、あの、、全裸です。」

刑事「何だと!!ありえないじゃないか!」

部下B「しかも、」

刑事「しかも!?」

部下B「逆に首にスカーフだけしてます!その上おしゃれな帽子かぶってます!全裸のくせに。」

刑事「今度こそ混じりっけなしの変態紳士じゃないか!!すぐ連れてこい!」

部下B「入れ!」

「つげさん」の画像検索結果

刑事「逮捕ーーーっ!!」

部下B「刑事!市長から電話です!」

刑事「何だこの忙しい時に!もしもし、、はい、、ええ、、え?怪しい者ではない?彼は市の関係者だ?はあ、釈放?しかし、、はい、、いや、、、分かりました・・・。」

刑事(貝塚はどうなっているんだ?)

 

貝塚は、まだまだ平和です。

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学校検尿の意義 ③

検尿でひっかかる子は実はかなりいます。

これは、自覚症状もないくらいの腎臓の軽い状態異常を見つけるために、相当少量の尿の異常も逃さず拾い上げているためです。

小学校、中学校の9年間で、のべ20%以上の児が異常として引っかかってくると言われています。

微量の潜血や蛋白は、軽い体調不良や採尿時の体勢でも人によっては出るので、健康な大量の児が異常を指摘されますが、もちろんその中で本当の腎臓の病気がある子はごく一部です。

小児腎臓学会では、小学生・中学生に関しては、潜血・蛋白が(+)以上を異常とするようにと定めていますが、多くの自治体では(±)も異常として指摘する現状があり、より多くの正常の児が病院受診のコースに乗ってしまっています。

(±)の児が病院にきた場合は、その場でもう一度尿検査を行い、(–)、(±)であればそれ以上の検査は行わず来年の学校検尿で引き続き、という方針で十分でしょう。

学校検尿か院内の検査で潜血か蛋白のいずれかが(+)以上の場合には、より詳しい尿検査や血液検査を施行し慢性腎炎の疑いがないかのチェックを行います。

この詳しい検査で大きな異常がないほとんどの子はとりあえずは数ヶ月ごとの尿検査を念のため行うコースに乗るだけで大きな心配はいらないでしょう。

潜血や蛋白の量が多い児や、両方が有意に出ている子は少し要注意で腎臓の専門の先生に紹介になることもあります。

いずれの場合もターゲットにしている疾患が慢性腎炎という非常にゆっくりとした経過の病気ですので、数年単位で気長にフォローが必要です。

 

*3歳半健診での尿検査は施行していない自治体もありますが、行う場合は主に先天性腎疾患のスクリーニングを目的として蛋白(±)以上が病院での二次検査に進みます。

*当院でも学校検尿で慢性腎炎以外にも、蛋白がだだ漏れするネフローゼ症候群や、膵臓の病気である1型糖尿病が尿糖を契機に発見されたケースがあります。これらは比較的急速に進行し、むくみや体重減少などの症状が出やすいため、学校検尿で発見されるのはまれですが。

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学校検尿の意義 ②

(1)腎臓の最も重要な役割は、血液をろ過して血液中の老廃物を尿として体外に捨てることです。

腎臓が本格的に具合が悪くなると(腎不全)、週に数回、透析という血液から直接老廃物を取り除く治療が必要となります。

(2)腎臓のもう一つの役割は、血液の中の大事な成分が尿に出ていかないようにすることです。

これは腎臓が軽く調子を崩した早期から障害され、特に自覚症状のないうちから尿に血の成分や重要な栄養である蛋白が漏れ出すようになります。

なぜ特に痛くもかゆくもないのに学校検尿で腎臓の検査をするかという答えがここにあります。

学校検尿が主にターゲットにしているのは、「慢性腎炎」という病気です。

慢性腎炎は数年、数十年という単位で緩やかに、それでいて確実に腎臓を痛めていく病気の一群です。

何らかの症状が出る頃にはもう腎臓は相当やられてしまっているので、早期に発見することがとても大事となります。

実際、慢性腎炎の大半は症状のない段階で学校検尿を契機に発見されています。

一般的に学校検尿では、「潜血」、「蛋白」、「糖」の3項目をチェックします。

血の成分(潜血)や大事な栄養(蛋白や糖)がドカドカ尿に漏れ出ていると、腎臓の具合が悪いんだと拾い上げることができるわけです。

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学校検尿の意義 ①

新学期が始まって1ヶ月が過ぎました。

子ども達もだいぶ新しい環境に慣れてきた頃でしょうか。

私は西小学校、中央小学校、中央幼稚園の校医、園医をやっていますので、最近ちょくちょく校内で目撃情報が寄せられているかもしれません。

学校検診には小児科医の診察に加え、身長・体重の測定、視力検査、聴力検査などが含まれます。

ギョウ虫検査は衛生状態の改善により皆無に近くなったため数年前に廃止されました。

一方、「ケンニョウ」という言葉でおなじみの尿検査は引き続き重要な検査として位置づけられています。

尿は腎臓で作られるため、尿の検査をすると腎臓の調子を大まかに調べることができます。

尿検査は痛みを伴わず、また費用が安いことも大人数を対象の第1段階目の検査として適していると言えます。

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お年玉

「お年玉もらった?」

8歳「2万8千円もらった!」

金額で答える生々しさ。

 

「お年玉もらった?」

5歳「3つもらった。仮面ライダーと、ミッキーと、ミニオンズのやつ!」

中身よりもポチ袋の柄が気になる無邪気さ。

 

「お年玉もらった?」

3歳「ばあばとさえおばちゃんからもらった!」

もらった相手をしっかり覚えている愛くるしさ。

 

「お年玉もらった?」

0歳天使「バブー。」

32歳母「うちの稼ぎ頭です。感謝感謝。グフフ。」

むしろ、清々しさ。

 

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標準治療

医学用語の一つに‘standard therapy’ スタンダードセラピーという言葉があります。

日本語では「標準治療」と訳されますが、この言葉の響きがどうも患者さんの心にあまり響かないように感じます。

医学の世界では、医師免許を持っているだけという風変わりな単独の医師一人の的外れな意見が、うっかりすると画期的で素晴らしいものとしてメディアに取り上げられてしまうことが実際に日常的に起こっています。

Standard therapyというのはそのようなある個人の意見ではなく、「大規模な複数のデータに基づいた、現時点での医学における最適な選択肢」というニュアンスであり、短く翻訳するなら「最適治療」と呼ぶべきものです。

かぜ、熱性けいれん、がん、リウマチ、喘息、アトピー性皮膚炎などたくさんの患者さんが苦しんでいる疾患では世界中で膨大なデータが蓄積されており、さらにそのデータをものすごい数の医師が吟味した上で現在の医学のレベルにおいて最良の選択肢が提示されています。

これをガイドラインと呼びます。

ある偉い一人の先生の経験した症例などは誤差の範囲と言えるくらいに、たくさんのデータを集めるわけです。

30年後の医療では、最良の選択肢はきっと変化、進化しているでしょう。

また医学は時にミスをしますので、最良の選択肢が後に間違いであったと判明することもあります。

それらを踏まえた上で、最終的な選択は患者さんが行うことになります。

 

さて治療方針の選択の際、社会的地位の高いかつ収入の多い人ほどこの「標準治療」に満足しない傾向があります。

「標準治療」=「普通の人が受ける一般的な治療」で、自分たちが受けるべきはいくらかかってもいいから「特別治療」であるべきということなのでしょうか。

芸能人の方のニュースを見ていると、家族ががんになってしまった時に「最適治療」を受けていれば助かった可能性が相当に高いにも関わらず、そのような標準的な治療には満足できずいわゆる高額な民間療法を選択して亡くなっていくいうケースが数多くあります。

何とも言えないやるせなさ、むなしさ、憤り。

 

くぼこどもクリニックでは、特別な治療は残念ながら提供できません。

よそにはない熱を一発で下げる薬も、肺炎にならない薬もお出しすることはできません。

そして薬の副作用を心配する御両親を必死で説得して、正確なデータに基づいて髄膜炎の子どもにはとてつもない量の抗生剤が何日にもわたって点滴されるべきであり、川崎病の子どもには血液製剤が大量に入れられべきであり、治療可能な白血病の子どもには何ヶ月もの間繰り返し抗がん剤が投与されるべきであると考える、普通の、平凡な、標準的な医師である私が院長を務めています。

一方で私は「かぜ」が「かぜ」ですんでいる間は抗生剤が投与されることはなく、さっきからの熱で税金を使って無意味なインフルエンザ検査がされるべきでもないと考えているごく一般的な医師の一人です。

2019年1月29日における極めて極めて標準的な医療を行うことが私の日々の目標です。

本当は診察室に来た子どもに無理矢理でも打ちたいワクチンややりたい治療(逆にやりたくない検査や投薬も)がありますが、もちろんそんなわけにはいきませんから、医師の仕事の中でその行為の重要性を説明し御両親に理解してもらう作業が大きなウェイトを占めるのは当然のことです。

そして、データに基づいた医学的事実よりも書いた人の素性も根拠も分からないブログをなぜ人間は信用したくなるのか、そのメカニズムを知りたくて情報科学や心理学の分野まで私の興味は広がっていくのであります。

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インフルエンザ登園・登校許可証

インフルエンザの登園、登校が許可されるタイミングは当院で診断された方には十分に説明をしておりますが、救急などで診断された場合、指示が不十分なこともあるかと思います。

電話での問い合わせでは行き違いが多発するため、当院では対応しておりませんので、このブログを参考にしてください。

 

まずカレンダーを用意します。

●小学生以上の児

①赤ペンで熱が出た日に0と書き込み、その翌日から順に1,2,3,4,5まで記入します。

②黒ペンで完全に解熱した日に0と書き込み、その翌日から順に1,2まで記入します。

③赤でも黒でも数字が何も書かれていない最初の日にOKと書き込み、これが登校できる日になります。

④登校許可証が必要な場合は「OKの日の前日」に受診しましょう。それ以前には発行できません。(「OKの日の前日」が休日の場合のみ、OKの日の2日前に記載します。)

●幼稚園、保育園児

①赤ペンで熱が出た日に0と書き込み、その翌日から順に1,2,3,4,5まで記入します。

②黒ペンで完全に解熱した日に0と書き込み、その翌日から順に1,2、3まで記入します。

③赤でも黒でも数字が何も書かれていない最初の日にOKと書き込み、これが登園できる日になります。

④登園許可証が必要な場合は「OKの日の前日」に受診しましょう。それ以前には発行できません。(「OKの日の前日」が休日の場合のみ、OKの日の2日前に記載します。)

 

★注意点★

一旦解熱しても再発熱があった場合は、解熱カウントのやり直しが必要です。

発熱した日や解熱した日を1日目とカウントしてしまう間違いをよく見受けます。正しくは0日目です。

解熱した日に受診をして登園・登校許可を希望される方がいますが、インフルエンザではしばしば再発熱しますので、早いタイミングでの許可証は記載できません。

幼稚園・保育園児の方が小学生以上の子より解熱後1日長く自宅待機が必要です。

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