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感染症(インフルエンザ)特集2023 / 2024 インフルエンザの歴史と進化

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インフルエンザの語源

インフルエンザの歴史は古く、紀元前の時代から存在したといわれています。
そんな中、インフルエンザという言葉は16世紀中頃のイギリスでインフルエンザが流行した際、英語に単語が持ち込まれた事を切欠に世界中へ広まったと言われています。

その言葉の由来は『Influentiacoeli』という単語で、ラテン語で星の影響という意味を持ちます。

当時の占星術師達は、冬季に大流行して春には収束するという周期性から、インフルエンザの流行を星の運行や寒気の影響によるものと考えました。
その結果、『Influentiacoeli(星の影響)』という言葉にちなんで『influenza』と呼んだ事が始まりといわれています。

インフルエンザの歴史

インフルエンザの流行が科学的に立証されたのは比較的近年で、1900年頃からになります。 近年に発見されたばかりにも関わらず、100年足らずの短い期間に「スペインかぜ」「アジアかぜ」「香港かぜ」「ソ連かぜ」と、4度ものパンデミック(世界的な大流行)がありました。
このそれぞれで、多大な犠牲者が出ています。

その中でも、最も古い1917年~1919年にかけて大流行した「スペインかぜ」においては、全世界で6億人が感染し、死者は4000万人から5000万人だったといわれています。この猛威は当然日本でもふるわれ、人口の約半数が罹患し、約40万人の犠牲者が出たと推定されています。

世界的に猛威をふるった例に関しては多くの記述が残っていますが、それらを除いた上での日本国内の記録となると、明治6年2月から関西で、8月~10月に掛けて関東で大流行した「稲葉風」がインフルエンザと断定できる最初の流行とされています。
その後、明治23年(1890年)にインフルエンザは広く一般に「流行性感冒」として知られるようになり、昭和26年(1951年)2月2日付けの官報において”インフルエンザ”を公式の用語として使用する事が決まりました。

それ以前はどうだったのか?

インフルエンザと断定できる記述は、残念ながら確認されていません。
しかし、インフルエンザではないかと推測させる記述は数多く残されています。

最も古い記述は三代実録(862年)という一般の書物で、その中には『1月自去冬末、京城及畿内外、多患、咳逆、死者甚衆…』と記されています。他には源氏物語・夕顔(1008年頃発刊)の 中に『この暁よりしはぶきやみには侍らん』という内容があり、同時期の大鏡(1010年)では『一条法王がしはやぶきやみのため37歳で死去された』とあります。
さらに増鏡(1329年)でも、『今年はいかなるにか、しはぶきやみはやりて人多く失せたまうなかに…』と記述されています。

このそれぞれに、”咳逆”という言葉が出てきている事に気がついて頂けましたか?

医学という分野に目を向けてみると、日本で現存する最古の医学書である医心方(丹波康頼著)において、この”咳逆”を「之波不岐(シハブキ)」と訓読している記述が確認されています。

では、この”咳逆”というのは一体何を指し示すのか?

実はこれ、平安・鎌倉時代に存在したとされる疾患名で、今日でいうとインフルエンザを示すものになる……そうなのですが、この時代にウイルスという概念は存在するはずもありません。
故に、インフルエンザ以外の風邪症候群、肺炎、肺結核等も含まれていると考えられています。
しかしこれらの事から、少なくとも現在の私たちがインフルエンザと認識するような病状の悪性の風邪は、確実に存在したと考えられます。

江戸時代に入ると記録はさらに詳細になり、インフルエンザを連想させる疾患を「かぜ」或いは「はやりかぜ」と呼ぶようになりました。
さらに、この時期辺りからの特徴で、その年毎の流行の出来事をとって”○○風”と名づけたり、インフルエンザの流行の始まった土地名をとって名づける事が多くなります。
面白いものでは、安永5年(1776年)に流行した風邪については、当時人気の高かった浄瑠璃「城木屋お駒」という毒婦の祟りという事で「お駒風」と呼ばれたそうです。

その後も、1784年の「谷風(横綱 谷風梶之助が罹患した事に由来)」、続いて1802年に長崎から始まって全国へ広がった「お七風(当時の八百屋、お七の小唄が下世話に流行っていた事より)」、1807年の「ネンコロ風(ねんねんころころ節という小唄が流行っていた事より)」、1821年の「ダンホ風(当時人気だった小唄のおはやしに”ダンホサン・ダンホサン”とあった事より)」等があります。
そしてこれ以降は、地域名が用いられ、「薩摩風(1824年)」、「津軽風(1827年)」、「琉球風(1832年)」、そして1856年の「アメリカ風(開国により下田に上陸した米人が流行させた、とう噂より)」といった呼び名がつけられました。

ちなみにですが、日本国内においてインフルエンザという単語が初めて書籍等に記述されたのも、江戸時代になります。
江戸神田の種痘所設立の発起人である伊藤玄朴(1800~1871年)が、自身の著書『医療正史』(ドイツ医学書をオランダ語訳したもの をさらに日本語に訳したもの)の中において、『印弗魯英撒』と和訳したのが初めてになります。

ここまでインフルエンザ歴史を平安から江戸時代にかけて掘り下げてみましたが、そのルーツは意外と深いものです。実際、この程度の情報量では、氷山の一角にも満たないでしょう。
ですが、インフルエンザと人との関わりがはるか昔から連綿と続くものである、という事は感じて頂けたのではないかと思います。
もし、ここまでの内容に興味を抱いた方がいらっしゃれば、近くの医院或いは病院等で予防接種の際に先生方に聞いてみれば、もっと面白い話が聞けるかもしれません。

【参考文献】
聚史苑
根路銘国昭:インフルエンザ大流行の謎

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