月別アーカイブ: 2022年1月

糖尿病の講演

大阪府保険医協会主催の糖尿病についてのWeb講演会を聴講しました。

「心血管腎合併・高度肥満合併など難治性の糖尿病への取組み ー最新の糖尿病治療薬の進歩を含めてー」 国立循環器病センター 糖尿病・脂質代謝内科部長 細田公則先生

・持続血糖モニタリングを行えば、HbA1cに替わる指標として以下が国際的に目標とされている。

①正常血糖時間帯割合(血糖値70-180㎎/dL)が70%以上

②高血糖時間帯割合(血糖値180㎎/dL 以上)が25%以下

③低血糖時間帯割合(血糖値70㎎/dL 以下)が4%以下

高齢者はそれぞれ、50%以上、50%以下、1%以下となっています。

つまり、血糖値はできるだけ70~180㎎/dL の間に保つべきで、高齢者の患者さんの場合はもう少し緩くても良いが、低血糖は極力起こさないようにすべき、ということです。

・最近使われ始めたGLP-1 受容体作動薬は血糖の高い時にインスリン分泌を促すので低血糖になりにくい。HbA1cは1~2%、体重も減る。心血管死、脳卒中も減らすデータがある。

・SGLT-2阻害薬は脳卒中を減らす効果は認められていないが、当初心配されたような脳卒中を増やすことはない。心筋梗塞の再発予防効果はありそう。

・どんどん新しい薬が開発されてきています。私はあまり新薬には飛びつかない方ですが、安全性をみて診療に取り入れていきたいと思います。


すたれないタウリン

先日、オンラインで食事療法に関するセミナーを受けましたが、その中で「脂肪組織の炎症を抑制する成分としてタウリン(Taurine)が有効である」という解説があり、久々にタウリンという名前を聞いて懐かしく思い、またその後書店で偶然に「読んで効く タウリンのはなし」(成山堂 平成28年発行)という本を見つけて読み、この物質が今なお注目を集めていることに驚きました。

タウリンは栄養ドリンクに含まれていることで有名ですが、れっきとした薬です。私が近畿大学医学部第一内科学教室(現循環器内科)に入局した当時には高血圧の研究グループがあり、メインテーマとしてタウリンと高血圧について研究されていました。私はこの医局で大学院生になった時、最初に与えられたテーマは「ラット培養心筋細胞でのタウリンの心肥大抑制作用」というものでした。毎週のようにラットの心臓を取り出しては細胞を培養してタウリンを与えて実験していました。その結果、確かにタウリンは心臓細胞の肥大を抑制はするが、かなり大量に使わねばならず、また他のアミノ酸でも同様の効果があり、タウリンに特別な作用ではないという結論になりました。ただタウリンは心筋細胞内に単体で存在するアミノ酸としては最多であり、生体で肥大抑制作用の一つとして関与しているのではないかとうこじつけのような論旨で論文にしました。

その後、グループでのタウリンの研究は行われなくなりました。降圧剤としても色々研究されましたが作用が弱く、結局臨床に利用されるまでには至りませんでした。

タウリンとは下図のような構造の、分子内に硫黄(S)を持つ「含硫アミノ酸」の一つで、タンパク合成には利用されず、ほとんど単体で遊離して体内に存在します。食物では魚介類(特にカキイカ、タコ)に多く含まれています。体内では筋肉、肝臓、心臓、脳、網膜、血球細胞などに存在し、多彩な作用が報告されています。薬としてはタウリン散98%「大正」というものがあり、①うっ血性心不全、②高ビリルビン血症(閉塞性黄疸を除く)における肝機能の改善、③ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中用発作(MELAS)症候群における脳卒中用発作の抑制、というちょっと難しい病気に保険適応があります。あまりにも色々な効果が言われているので、医局の当時の教授から冗談半分に「タウリンは仁丹か?」とお叱りを受けたこともあったらしいです。

循環器科の分野では、「ネコではタウリンが欠乏すると心不全を起こす(ネコは自分でタウリンを合成できない)」「心筋症のイヌでは血中タウリンが減少している」という研究結果もあるそうです。また細胞内Caイオンが少ない時には流入を促進し、Caイオンが多い時には流入を抑制して細胞内Caイオンのバランスを正常に保つように働いているという報告もあり、多彩な作用も要するに体の現在の状態を保って安定させる作用(恒常性維持作用)がメインなのではないかと思われます。

上述の「読んで効く タウリンのはなし」で初めて知りましたが、タウリンについての国際学会が2年おきに開催されています。さらに2014年に日本で国際タウリン研究会という組織が設立され、論文数も年々増えているとのことです。

タウリン研究は廃れそうで廃れず、薬学、農学、栄養学、水産学、獣医学などでも脈々と続けられているます。今後は他の治療薬では効果が上がらない場合の奥の手として利用されるのか、あるいはまた新しい作用が発見されて注目を浴びる日が来るのかひそかに気にしています。

タウリン構造式

 

(この文章は「近畿大学甲寅会同窓会誌(旧第一内科同窓会会誌)令和3年」に投稿した文章をブログ用に加筆・修正したものです)