江北図書館 つづき 「クウドル氏の手套」

240630井上靖

今月も江北図書館に行ってきましたので先月に続き書きます。

写真を撮るだけでなくちゃんと本を借りねば、と思って色々探していたらこの「月の光 井上靖自伝的小説集 第五巻」に行きつきました。その中で「クウドル氏の手套」という短編が目に入ったのです。

実は父が井上靖のファンで、家にも氏の小説が結構あります。私自身はいくつか読んだことがありますが、それほど惹かれてはいませんでした。しかしこのエッセイのような短編は心にしみました。

話しの内容を簡単に書きます。井上靖氏は長崎に旅行した際、偶然にも自分に関係のある二人の物故者の遺物に遭遇します。一人は初代陸軍軍医総監で日本の医学の発展に貢献した松本順氏で、もう一人がタイトルのクウドル氏です。

井上家の家系は代々医家でしたが、靖氏は家庭の事情から両親と離れ、曽祖父の妾であった「かの女」(靖氏はおかの婆さんと呼んでいた)に6歳から11歳まで育てられていました。そのおかの婆さんがとても大事にしていたのが大きな皮の手套(手袋)でした。これは、曽祖父と松本順氏は親交があり、ある時三人で皇族や大臣も参加する会合に出かけて行ったとき、おかのさんだけ雪の降る中玄関先で二三時間待たされていたところ、クウドルという外人さんか手套を貸してくれた、といういきさつです。結局返却できずにずっと持ち続けていたのですが、靖氏が驚いたのは、長崎に旅行した際に、外人墓地で偶然に「E・クウドル」、その下に「具宇土留」と彫られた墓を発見したのです。

その墓に埋葬されている人が手套を貸してくれたクウドル氏と同一人物なのかは最後まで明らかにされていませんが、さして幸福とはいえないように思えたかの女さんの人生の小さな記憶の一つとして平易だが格調の高い文章で綴られていました。